やわらかローカル工学徒日誌

主にCiv5とDota2、たまに工学の記事を書きます。ストラテジー:Civ5創造主、Dota2 Archon。工学:修士。

理系学部生向け 初めての研究室選択マニュアル

「どの研究室に行くことになっても、魅力的な研究が待っています。どこに配属されても、卒業するころには『ここに来てよかった』と思うようになるでしょう。学部生の皆さんは、まだ研究活動の何たるかを知らないわけですし、噂に流されず、思い切った選択をしてみてください」

配属担当の先生がオリエンテーションでこんなことを言う。

 

とりあえず、前半部分は嘘だ。

教官の10人に1人は人格が破綻している。残りの9人も、性格の良し悪しはさておき、上司適性は望み難い。加えて学生側もおよそ部下適性がないので、研究室内の人間関係は「ビジネスライクに」とはいかない。

だから、研究室ではそれなりの確率(10%/3年くらい?)で人間が壊れる。

教官と人間的にうまくいったとしてなお、研究活動が教育的である保証はない。皆と楽しく働いているうちに、ネズミの世話と廃液処理とピペッティングで一年過ぎてしまった、なんてのも良くある話だ。

研究室選びは、真面目にやった方が良い。ほんとに。

 

しかし、困ったことに、『学部生が上手に研究室を選べるわけがない』(意訳)という後半部分は事実なのだ。研究活動の何たるかを知らない(←むかつくよな)というか、そもそも研究室の中身なんて外からはほとんど見えないのだから。

 

というわけで、この記事は初めて研究室選択をする学生向けのTips集である。書いている私がまだ修士なので、お偉方からすれば突っ込みどころは多いだろうが、あえて学部生目線が残っているうちに書いておこう。

 

ちなみに、私自身の研究室選びは結構うまくいったと思っている。雑に書いておいて、気が向いたら後から修正するつもり。(20180120、文体を中心に校正)(20200214再び微修正)

 

知っておいた方がいいこと

研究室で手に職をつける

研究室では多くのものが得られるが、一番大事なのが研究技能だ(当たり前か)。

専門知識や思考法、論文・研究提案の書き方はもちろんだが、一見しょうもない職人芸が大事だったりする。例えば、「ネズミを上手にさばく」「再現性のとれる実験系を組む」「純度の高いマテリアルを扱う」などがある。こういった技能は、実地の研究経験がないと身につかず、のちのち身を助けることも多い。製薬系の研究所は、試作品をネズミに注入し、再現性よくデータをとれる研究者を雇いたい、といった具合に。

実験重視の研究室は、こういった職人芸が豊富に身につくメリットがある反面、「最初のXか月は研修期間で、単独実験不可」というところも多い(1000万円の機械を壊されると研究室丸ごと実験停止で干上がるため)。一年しかない卒業研究で「半年は研修です」なんてこともざらにある。チェックしておこう。

また、仮に修士でよそに移るつもりでも、卒業研究の段階で興味のある分野を選ぶと得になりやすい。なぜなら、取り扱う機械や材料、手法の6割くらいは分野内共通なので、卒業研究で身に着けた実験技能が認められて、修士入学時の研修がスキップできることが多いからだ。

「化学合成がやりたいけど、A研究室は人気がありすぎて行けそうにない。もう一つの合成系はB研究室だけどキツイという噂だし、デバイス系のC研究室で一年やり過ごして、修士から合成系の研究室に行こう」

というのは、必ずしも良い選択とは限らないわけだ。

 

実績とコネ

技能以外に研究生活で得られるボーナスとして、実績とコネがある。

実績というのは、簡単にいうと発表した論文や受賞歴のこと。アカデミアに残る人や外資系メーカー(受賞歴が効くかも?)を受ける人以外はあまり関係ないかもしれないが、論文を書かせる量、出す論文誌のインパクト、筆頭著者を任せてもらえる時期は研究室によって全然違うので、実績の欲しい人はちゃんと調べよう。

コネは就職にミスった場合などに効く。最近だと東芝がつぶれて大変なことになったが、元指導教官のコネでうまいこと転職したなんて話もある。もっとも、国立大の教授くらいになるとみんなそれなりのコネがあるので、個人的にはそんなに気にしなくていいと思う。

 

研究室の実体=教授ではない

学部生から見た研究室のイメージは、授業を行う教授で決まりがちだ。しかし教授は中小企業の社長くらいの立場で、全体方針やお金周りには絶大な影響力を持つものの、末端の学生との距離感は必ずしも近くない。

多くの場合、実験を教えてくれるのは先輩の修士学生であり、論文執筆や具体的な研究計画を担うのは博士学生やポスドクだ。教授は研究会や役所の会議に出突っ張りで、准教授や助教が実質的に研究を取り仕切っている、なんてのは本当によくあること。

したがって、実際に学部生の研究生活をサポートしてくれる「中心的人物」を知るのが大事である。具体策は後述するが、これが結構難しい。

 

研究室を変えられるタイミング

学生生活は学部・修士・博士の三つに区切れているが、修士での研究室選択が最も重要だ。学部は一年しかないし、概して競争が厳しい。博士後期から別研究室に移ろうとすると、今度は今の教官と受け入れ先、二つの推薦書が必要になって人間関係的に面倒なうえ、奨学金用の研究提案を書くタイミングが難しくなって最悪干上がる。

修士は選択肢が最も広いうえに、みんな大して試験勉強をしないので、真面目に対策すれば受かりやすい(特に学部生を取らない研究室はねらい目)。修士で変な研究室に入ってしまった場合、八月に再受験して九月入学する手があることも覚えておこう。

 

研究室をどう調べればいいのか

ここからは、学部生から見えづらい、研究室の内情を知るための具体的な方法を書いていく。もちろん「中の人」に話を聞くのは大事だが、100ある研究室を10に絞る段階ではそんなことやってられないので、各研究室のHPを読み解く方法について重点的に記そう。

 

研究内容を調べよう

研究室のHPにアクセスすると、「研究内容」「業績リスト」といった項目が必ずあるはずだ。

研究内容のページは、その研究室が何をやっているのか端的に書かれているので、参考にしやすい。ただし、落とし穴もある。ここに書かれている研究は「数年前に完了した=もうやってない」研究であることも多いのだ。

そこで業績リストをチェックする。英語で書かれているので分かりづらいかもしれないが、どの論文誌にどんなタイトルで研究を発表したかが書いてある。研究は数年のスパンで一回りするので、ここ一年で出た論文の内容が、「今まさに進行中」である。逆に、論文の筆頭著者が卒業・異動してしまっている場合、その研究も中断している可能性がある。

論文のリンクを学内ネットワークで踏めば本文も読める(場合が多い)ので、アブストだけでも読んでおくと、見学に行ったときなど大変喜ばれるぞ!(読んできてくれ!)

なお、業績リストが二年以上更新されていない研究室はちょっと注意したほうがいい。単にのんびりした気質であるなら良いが、事務方がパンクしている可能性もあり、極端な例では、教官自身が精神を病んで研究室ごと野垂れ死んでいる(さすがに稀だが)。

 

人員構成を調べよう

HPには「メンバー」のページがある。ここも大事だ。

以下の点をチェックすると良い。

・○○研究員の数

研究員や技術補佐は、予算がなければ雇えない。したがって、こういった人たちが五人以上いる研究室は、大型のプロジェクトを運営している可能性が高い。

大型予算持ちの研究室では、以下の理由から学生の主体性が求められる傾向にある。一長一短だ。

  • 担当教官が多忙で直接指導を受けづらくなるかわりに、現場でバリバリ働く多数の研究員(人によっては教官並かそれ以上に腕が立つ)とコミュニケーションをとるチャンスがある。
  • 研究室内で多数のテーマが並行して走っており、設備も人員も豊富なので色々できる。かわりに配属後に「このテーマがやりたい!」と主張する必要がある。
  • 労働集約的になりやすく、主体性がないと単純労働ばかり任せられてしまう場合がある。

・博士の人数

博士後期課程の学生は、研究者としてそれなりに成熟していて、なおかつ時間がある。新人の教育係として学部生に対応してくれる可能性が高いので、基本的に多いほど良い。

また、博士が多く研究室に残るということは、居心地がよく、修士以下の面倒をよく見る(≃実績がつくので奨学金がとれる)ということだ。

逆に博士課程の学生が少ない場合、その研究室は人手不足かもしれない。

・留学生

留学生が多い研究室は、国際的な評判が高く活気がある場合が多い。英語の練習もできる。反面、事務作業が日本語話者に集中する傾向があるのが難点。例えば、資材を発注する相手は日本のメーカーなので、これは日本人学生の仕事になりがち。

あまりないことだが、特定の国からの留学生が多すぎる場合はちょっと注意したほうが良いかもしれない。謎の派閥が出来ていて、不毛な争いに巻き込まれる場合がある。

 

研究体制をチェックしよう

論文の著者は、

第一著者:研究主体

第二著者以下:貢献度順に列挙

最後の著者:スーパーバイザー

という感じに並ぶのが一般的だ。

 

当然、第一著者として書いている人が研究室の主力にあたる。実際に新人を支えてくれるのは、教官よりもむしろ「優秀な若手」なので、この人たちとの相性はとても大事だ。教授はまともだけど、このポジションの博士学生が人格破綻者というケースもある。優秀な若手なしに研究室の実績は上がらないので、教授もなかなかこういう学生を止められない。

また、多くの論文で共著になっている博士学生・ポスドクがいる場合、優秀かつ面倒見がいい教育者タイプだと考えられる。新人にとってはとても頼りになる存在だ。私にも、あの人がいなかったら論文出せずに終わってたかもな、という博士の先輩がいる。

研究室によっては、第一著者がポスドクや准教授ばかり、ということもある。学生時代に業績が付きづらいということなので、アカデミアを目指す場合は気を付けた方が良い。逆に修士以下の著者が多い場合、教育熱心な反面要求水準が高い傾向にある。

 

見学に行こう

研究室見学には行った方が良い。

主に研究内容の説明をされると思うが、多分よくわからないだろう。大事なのは、ここで出てくる人たちと接点を持つことだ。

修士や博士の学生と情報交換をする機会というのは、意外と限られている。Twitterやコンパで頻繁に情報発信する人達もいるが、こういう人たちは研究に興味のない暇人かもしれない。

 その点、見学に来た学部生のリクルータを任せられる大学院生は、いわばその研究室の番頭さんであり、新人の直接の上司になる可能性が極めて高い。この人たちと相性が良ければ、楽しい研究生活になるだろう。

また、可能なら以下のことを聞いておくと良い。

何時に来て何時に帰っているか:コアタイムはないけど、先輩がみんなラボにいる時間は帰りづらい雰囲気、ということもある。

学振の採択率は何%か:学振の採否は研究計画と修士時代の研究業績で決まる。教授が教育熱心なら、計画書の推敲やStepByStepの研究発表に道筋をつけてくれるはず、つまり学振が通りやすいはずである。「うちの研究はこんなに面白い」なんて言ったもん勝ちだが、採択率は数字なので、嘘が付けない。

 

力尽きたのでこの辺で。