やわらかローカル工学徒日誌

工学系院生の日常等(結局ゲーム記事)

小保方さんにしか作れない細胞はあったかもしれなかった

ちょっとは大学院生らしい記事を書くことにした。

 

もうだいぶ昔の話になってしまったが、小保方さんの

「私にしか作れない細胞があるんです。コツがあるんです」

なる発言は、失笑をもって社会に迎えられた。

 

logmi.jp

曲がりなりにも工学系の院生である私が

「うむ。そういうことも無くは無いな。と思った」

などと口走ったところ、友人に大変驚かれた。

 

私からすると、マイナスイオンよりSTAP細胞の方がよっぽどありそうに思われる(思われた)。だがこの感想は、理系同士でも専門分野次第では共感を得られないようである。

 

これは、「論文に書いてある実験結果が再現しないことは許されないが、実際にはままある」という実験屋の常識が、世間では非常識だということだろう。

○○さんしか作れないサンプル、××さんしかできない手術、というのはよく聞く話なんだがな。

 

もちろん、再現可能な実験結果で論文を書くのは著者の義務である。

が、逆にいえば実験系の研究者なるものが存在できること自体が、信頼性の高いデータをとることの難しさを示している。

 

実験が再現しない理由というのは(半分意図的な物を除いても)半無限にあるが、例えば以下のようなものが挙げられる。

 

常識的な実験手順が書かれていない

電子デバイスに利用するシリコンウェハーは、素手で扱えば純度が下がってしまう。

「そんなの当り前じゃん!」という人の何割が、「通常の綺麗なピンセットでウェハを扱うとニッケルがウェハ中に拡散する」「拡散したニッケルは時に裏面まで到達する」ということを知っているだろうか。

常識とされる事柄は研究分野によって違うので、学際的な研究などはこの問題に引っかかりがちである。だからこそ共同研究のありがたみがあるのだ。

 
実験者も気づかなかった要素が作用している

「男性実験者のフェロモン」とか、「フラスコの大きさ」とか、「実験室間を結ぶ廊下の蛍光灯のスペクトル」とかが影響している場合である。

こうなると大体再現しない。

突発的にすごく良い結果が出て、二回目やってみたら全然だめというのはよくある話だが、たまたま同じ廊下を通り続けた結果二回目も同じ結果が出てしまい、さらにそれが論文になってしまったりすると、えらい面倒をまき散らすことになる。なにせ本人も説明できないんだから。

 
手技が絡む

一番どうしようもないケースである。

同じ手術をしても、医者によって患者が死んだり死ななかったりするように、いいデータが生まれたり死んだりする。特にバイオ・医療系に多いが、それ以外の分野でも”まぜる”とか”こする”とかいった動作は罠。

 
本題に戻る

小保方さんの場合、上記のどれも起こる可能性があった。

例えば、「STAP細胞の万能化に必要な刺激とは、小保方さんのピペッティングで起こる特殊な溶液の流れだったのだ(‼)」という可能性も、素粒子レベルで存在する。リアルゴッドハンドやな。

発言の時点で間接証拠が揃い過ぎていたので99%クロではあったが、「絶対に無い」とまで言い切るのは、専門家としてはブレイブすぎたのではなかろうか。まあ、ないよね。